LET IT BE "NAKED"

店長、レット・イット・ビー・ネイキッドもう買いましたか?
「店長、レット・イット・ビー・ネイキッドもう買いましたか?」と幾人ものお客さんにいわれて「どうしようか迷っているんだよ」などと言おうものなら「ええッ、ビートルズファンなら買って当然。待ち望んでたんじゃないの」とか言われて、「映画の『LET IT BE』持っているしね」といっても、ピンとこないようなので、イロイロ語ってしまい「貴方は以前のLPかCDを持っているの」と聞いても、皆さんお持ちではないようなので、ケッキョク私にお世辞で聞いてくれたのでしたが、ビートルズのことになるとつい長々と語ってヒンシュクをかっているのでした。
FFXのメイチェンさんのように事前に「語ってよいですかな」と聞かないといけませんね。
LET IT BE NAKED 語ってもよいですかな

『レット・イット・ビー、ネイキッド』が発売されました。インターネットで検索したらこんな文句で紹介されていました。

曰く、『レット・イット・ビー』幻のオリジナル・ヴァージョンがついに甦る!!! 
    2003年最大級の話題盤!!!

曰く、『レット・イット・ビー』の新ヴァージョン。ザ・ビートルズの14枚目の「新作」。

曰く、ザ・ビートルズが望んだあり得るべき『レット・イット・ビー』ついに登場!!

曰く、「レット・イット・ビー」「ゲット・バック」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」他々の幻のオリジナル・ヴァージョンを収録。

曰く、ネイキッド』は、『レット・イット・ビー』からオーケストラ、コーラスや、サウンド・エフェクト     などをそぎ落とし、ビートルズの演奏の部分だけを残しリミックスされている。これによって、ザ・ビートルズがいかに素晴らしい演奏をしていたかが再確認できます。

○1970年にリリースされた『レット・イット・ビー』とは異なる全11曲。
メンバーの会話、「ディグ・イット」「マギー・メイ」をカット。「ドント・レット・ミー・ダウン」を新たに収録。

宣伝の文句ですからしょうがないのですが、チョット待ってよといいたいところなのです。
これでは、若い人に誤解されてしまいます。
今では、以前発売された「LET IT BE」がプロデューサーのフィル・スペクターにより、ビートルズの意に反して制作されたように書いているものもありますが、鵜呑みにしてはいけません。また、当時書かれた書籍などもファンをがっかりさせぬよう配慮したのか、あるいは単に公表された資料だけをもとに書かれているものが多く、はっきり言ってあてになりません。
ここは、ひとつクールに年譜などを見た方が状況が明らかです。
というわけで、LP「LET IT BE」発売当時のことなど50歳代のひとは思い出しましょう。

「映画」<クランク・イン>
1969.1.02 トゥイッケンナム・フィルム・スタジオ
1969.1.30 アップル社屋上ライブ「ルーフ・トップ・コンサート」
「映画」<クランク・アップ>

しかし、アルバム「LET IT BE」が発売され、映画の劇場公開がなされたのは1970年になってからでした。

この頃のビートルズの状態と言えば1968年4月にスタートしたアップル社が7月には早くもブティックを閉鎖。その他の部門も不振で休業状態でした。1967年ブライアン・エプスタインの死後「ノーという人間がいない」状態で4人は前には進んではいたが方向はそれぞれ違う方へと向かっていました。
そして、ほったらかしのアップル社は放漫経営による巨額の流出が続いたため、1969年1月ジョン・レノンが「このままの状態では、我々は6ヶ月後に破産する」と発表したのでした。

1969年3月12日にポール・マッカートニーがリンダ・イーストマンと正式結婚。
1969年3月20日にジョン・レノンがオノ・ヨーコと正式結婚。
というわけで、
アップル再建に関してジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの3人はミック・ジャガーが紹介してくれた元マネージャーのアラン・クレインに経営を委ねたいと考えましたが、ポール・マッカートニーは妻リンダの血縁のジョン・イーストマンにアップルの経営を委ねようと他の3人と対立してしまいました。

話は前後しますが、
ともかくこの頃ではアップル再建のためビートルズとしての活動が急務でした。しかし、
当時は公表もされず分りませんでしたが少し後になって情報を見てみれば4人はビートルズとはいっても、それぞれ一家をかまえるほどになっていたわけですから、ポール・マッカートニーが提唱した「66年8月に停止したライブ活動の再会」と云うのは、ファンにとっては嬉しい話でも、実際にはムリな話だったのですね。まず、ジョージ・ハリスンは従来のコンサートの混乱を招くだけだと反対し、すでにジョン・レノンはオノ・ヨーコとの平和運動に一所懸命だったのでした。リンゴ・スターも俳優業に力を入れていました(2月20日『キャンディ』のプレミア、3月『マジック・クリスチャン』クランクイン)。

結果としてビートルズとしてのライブ活動の再開は実現せず、代わりにスタジオ・ライブの録音とその映画制作が行なわれることになったのでした。
このスタジオ・ライブ・アルバムのタイトルは「原点に戻る」という製作意図から「Get Back」とされ、映画を見ればわかりますがデビュー・アルバムのようにオーバーダビングを加えない「一発録り」で行なわれました。また、ジョージ・マーティンの提案で音に厚みを出すためヴォーカル・マイクは2本づつセットされ、ビリー・プレストンがキーボード・プレーヤーとして加わりました。

映画の前半部分のスタジオ録音では100曲以上の録音をしたにもかかわらず、これも映画を見ればわかりますが、おフザケで終っちゃったのもあり、完成状態の録音は数曲しかなかったそうです。結局まともな録音は1月30日のアップル屋上での「ルーフ・トップ・コンサート」で、映画の後半部分(ビートルズにとって最後のライブ演奏)がそれで、これで「Get Back」というセッションは終了、映画の撮影もクランクアップしました。
映画のなかで、「 I've Got A Feeling 」のリハーサル中、ポールがジョージ・ハリスンのギターに注文を出す様子が写っていますが、実際には口論のようになったそうで、この日のことかどうかは分りませんが1月10日のムカッときたジョージ・ハリスンはセッション途中で帰宅してしまいました。その後ポールの謝罪によってジョージはスタジオに戻りましたが、メンバーの状態はこんな風でした。

ここからが大事ですが
このテープは気持の離れた人たち(ポール・マッカートニーを含むメンバー全員が制作を放棄)により放置され、後にポール・マッカートニーに頼まれたジョージ・マーティンが(たぶんイヤイヤ)編集し、6月になってようやく「Get Back」というニューアルバムの発表がアップルからありました。
ところが映画の編集も手間取り、アルバムの編集も手間取り、ライブ仕立ての「Get Back」は発売が延期され、ケッキョク最終的に発売中止になってしまうのでした。
◎ビデオ「コンプリート・ビートルズ」の中のジョージ・マーティンの言葉「ポールはなんとかもたせようとしましたが、強引なところが嫌われましたね」「すでに彼らは崩壊していました」
「私も、もう、うんざりでした。もうイヤだと」と言って、デビュー以来常に一緒に音楽を作ってきたジョージ・マーティンさえアップルを去っていきました。

そこでフィル・スペクターが出てくるわけです。彼はジョン・レノンとアラン・クレインの要請で70年1月に「Get Back」セッションのマスター・テープをもとに「LET IT BE」アルバムの制作に取りかかるのです。

というわけで、以前の版がビートルズが望まなかったものとは言えないわけで、
また、今回発売された「naked」が“ビートルズが望んだ”ものとはいえません。ただし“今のポール・マッカートニーが望んだ”スタイルなのかも知れませんね。ジョージ・ハリスンも亡くなって文句を言う者がいなくなったため。制作出来たともいえましょうか。
当時「ロング・アンド・ワインディングロード」にストリングスを入れたことをポール・マッカートニーはお怒りだったと聞きますが、当時の感情的なものだったのではないでしょうか。ホントにこだわるなら「LET IT BE」のようにシングル盤でのリリースも可能だったでしょう。
◎シングル版「Get Back」はオリジナル・テイクのまま、ジョージ・マーティンがプロデュース。アルバム版はリピート部分をフィル・スペクターが編集。
◎シングル版「LET IT BE」はジョージ・マーティンがプロデュース。ベーシック・トラックは同じものだがジョージ・ハリスンのギターがオリジナルの長めのバージョン。対してアルバム・バージョンは短めのものに差し替えられ、区別が簡単。
聞き比べてみますとジョージ・マーティンのシングル版は昔ながらのいかにもビートルズという感じがありますね。

また、フィル・スペクター版に関しジョン・レノンはどうだったかというと自身の「Jealous Guy」のビデオクリップの最後に「フィル、君はホントに素晴らしい」とわざわざ入れている位ですからアルバム「LET IT BE」に関しても満足していたのではないでしょうか。

今回「NAKED」でカットされた「Dig It」はジョン・レノンが映画の中で延々と歌う歌で前作ではその最後の部分が収められていました。
「By George, He wouldn't. And now we'd like to do "Hark,the Angel's come"」
というおフザケがあってポールの「LET IT BE」につながるのはケッコウ良いセンスだと思うのですが。
「Maggie Mae」はリバプールの船員達の春歌を4人がアレンジ。ジョンとポールがギターとヴォーカルを担当。

で、「NAKED」のCDとしての価値はといえば、音質が素晴らしく良いというだけでなく、映画「LET IT BE」が現在リリースされていない状況(以前はパイオニアからLDが発売されていた)では、聴く価値有りといえますが、映画がDVDででも出ればどうかな。
店長は最近、古いLDを(LDは観るのが大変なので)DVDに焼き直しました(パイオニアのDVR-77H使用、同じパイオニアだから許してね)。
これで、ビデオ屋のアップルでは惜しげもなく年末からお正月に観まくり聴きまくりました。実は「NAKED」も毎晩のようにかけまくっています。

もう少し語ってもよいですかな
<アルバム『ABBEY ROAD』>
けっきょく、69年1月の「Get Back」セッションはどうにもならぬまま棚上げされてしまいますが、ビートルズとしては上のような事情で次のアルバムを計画せねばならぬのでした。
そこで、断続的に録音を行ないますがメンバーそれぞれがソロ活動に打ち込んでいますから、なかなかうまくはいきません。
そこで、意を決して、以前ご機嫌をそこねたジョージ・マーティンにポール・マッカートニーが詫びをいれ「もどってくれ、昔のように全員が一致団結したアルバムを制作したい」と頼みに行きました。そこでジョージ・マーティンもメンバー4人の全面協力を条件にレコーデイングに参加することになったのでした。

レコーディングは1969年7月の1ヶ月間で終わり、8月にはジョージ・マーティンとポール・マッカートニーが編集作業に入り、8月8日に例のジャケットの撮影が行なわれました。
9月26日アルバム『ABBEY ROAD』発売
ビデオ「コンプリート・ビートルズ」でのジョージ・マーティンさん談
「アビイ・ロードは片面をポールと私が担当して、片面をロックンロールをやりたいというジョン・レノンが担当しました」(※昔、レコードはA面とB面に分かれていたんですね。)
「アビイ・ロードは最高に洗練されている。スタジオのトリックや変った楽器も使っていない。久しぶりにほぼ4人で全曲を演奏した」(ジョージ・マーティンさん)
この少し前よりジョージ・ハリスンは(5月2日:Electronic Sound発売)シンセサイザーに凝り出しており、モーグ・シンセサイザーをスタジオに持ち込んで多様なサウンドを作り出しました。またアビーロード・スタジオにもそれに対応するように16トラックのレコーダーが導入され音質、ステレオ定位、音の厚み等格段に素晴らしい録音が出来るようになったのでした。

という訳で、先に発売されましたがアルバム「ABBEY ROAD」がビートルズ最後の作品になりました。内容はそれにふさわしい傑作中の傑作だと店長は思います。
店長は、当時この素晴らしい録音の作品にふさわしいオープンリールのレコーデッド・テープを購入したのですが、今やオープンリールのデッキなんて何処?...トホホホ。

まだ語ってもよいですかな?<映画 LET IT BE>
ど う ぞ かんべんして



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